和歌山地方裁判所 平成6年(ワ)558号 判決 1998年3月11日
原告
甲野花子
右訴訟代理人弁護士
養父知美
同
段林和江
同
高瀬久美子
被告
岸武青果株式会社
右代表者代表取締役
岸裕
被告
A
外三名
右被告ら訴訟代理人弁護士
大谷美都夫
同
山西陽裕
主文
一 被告らは各自原告に対し、金一一〇万円及びこれに対する平成六年一〇月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
四 この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは各自原告に対し、金五五〇万円及びこれに対する平成六年一〇月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁(被告ら)
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 (当事者)
(一) 原告は、昭和二二年三月三〇日生まれの女性である。
(二) 原告は、昭和四五年に婚姻したが、昭和五〇年に長男(昭和四七年一二月六日生まれ)を連れて離婚し、その後婚姻外で出産した長女(昭和五五年一一月七日生まれ)との二人の子どもを女手一つで養育してきた。
(三) 原告は、昭和六三年一〇月、被告岸武青果株式会社(以下、「被告会社」という。)にアルバイトとして入社し、平成元年五月より正社員として被告会社に勤務し続けてきたが、被告らによる度重なるセクシュアル・ハラスメントに加え、被告D(以下、「被告D」という。)による暴力によって、平成六年一月一四日やむなく被告会社を退職した。
(四) 被告会社は、和歌山市中央卸売市場において、野菜、果物等の仲卸売業を営む会社である。
(五) 被告A(以下、「被告A」という。)は被告会社の専務取締役、同B(以下、「被告B」という。)、同C(以下、「被告C」という。)、同Dは被告会社の取締役である。
2 (被告らの加害行為)
(一) (原告の勤務状況)
(1) 原告は、昭和六三年一〇月、アルバイトとして被告会社に入社した。勤務時間は当初は午前四時三〇分から午前一〇時までであった。
(2) 原告は、女性事務員が一名退職したこともあり平成元年五月からは正社員として勤務するようになり、勤務時間も午前四時三〇分から午後一時までとなったが、途中四〇分ないし一時間の休憩時間に、子どもを学校に送りだすために自宅に戻ることができた。原告が後述のような過酷な労働条件に加えてセクシュアル・ハラスメントに苦しめられてまでも、被告会社に長らく留まっていたのも、子どもを抱えた原告にとって、かかる勤務時間帯が好都合であったからである。
(3) 原告の主な仕事は、被告会社の売上、仕入等の経理関係のコンピューター入力と社員の売上管理表の作成であったが、加えて、六月下旬から八月上旬の桃特別ギフト、八月下旬から一〇月上旬の松茸特別ギフト商品受発注時にはその荷造りと発送、お盆と年末の特別受発注時にはその担当者別売上計上漏れのチェックの仕事に携わってきた。そのため、桃の時期、お盆や年末は勤務時間は午後二時頃までとなり、松茸の時期には通常の勤務時間に加え午後三時三〇分から午後八時三〇分の間も勤務した。また、平成三年一〇月頃よりは、男性事務職員の退職とファームバンキングの導入により、勤務時間は午後四時頃までとなった。
(4) 原告は、早朝勤務に加えて、五時間もの低温で菌糸の舞う締め切った作業場での松茸荷詰め作業と被告らによるセクシュアル・ハラスメントによるストレスのため、平成元年一一月頃より、子どもの頃に患った喘息の発作が出始めた。そのため、平成二年春頃より和歌山市内の病院に治療に通うようになった。喘息の治療のための副腎皮質ホルモン剤の副作用の影響もあり体重が増加しはじめ、入社当時に比べ体重が一五キロ増加した。また、同年一〇月頃よりコンピューターの入力作業による手指の腱鞘炎のため、整骨院に治療に通うようになった。原告は、平成三年には右手指の握力が低下して物をよく落とすようになった。そのため、原告は平成四年度のお盆、松茸の特別勤務を断った。
(二) (被告らのセクシュアル・ハラスメント)
(1) (被告Aのセクシュアル・ハラスメント)
被告Aは、原告が入社して一月程した昭和六三年一一月頃より、原告を名前で呼ばず日常的に「おばん」等と呼び原告を見下し侮辱した。原告は、被告会社に入社して初めて、かつ生まれて初めて「おばん」等と呼ばれショックを受けたが、絶対的な権力を持つ役員の言葉に、言い返すことができなかった。以後、他の役員や従業員らもこれに習い、原告のことを「おばん、ばばあ、くそばば。」等と呼ぶようになった。
また、被告Aは、平成元年三月頃から、一階事務所前売場においてしばしば、擦れ違いざまに原告の尻をスカートの上から撫でた。また、原告の顔を見ると、「××(男性性器名)」「○○(女性性器名)」「○○(同)する。」等と大声で言い、しばしばそれにジェスチャーを付けてからかった。
被告Aは、平成元年五月、午前六時頃、原告が一階事務所で入力する伝票を持っているとき、擦れ違いざまに原告の尻をスカートの上から撫でた。
また、平成三年春頃の午前六時頃、仕入業者の前で、「○○(同)なめちやろか。」「わしの××(男性性器名)ら入れたら、ヒーンヒーンゆうけどな。」と言って舌で唇をなめたり舌をベロベロ出したりした。
原告は、被告Aが被告会社の専務取締役であることから強く抗議することもできず、相手にならないようにしていた。しかし、あまりにしつこい時には、「そんなもん、もうない。」等と言って、被告Aの言葉をさえぎるようにしていた。
被告Aはまた、平成五年二月、午前五時か六時頃、二階事務所入口において、一階に伝票を取りに下りるため履物を履こうとして前かがみになっていた原告の、尻から股間に右手を突っ込み、伸縮性のあるスカートの上から性器を強く触った。原告は、あまりの驚きと痛みと腹立ちで、「こらっ。何すんの。」と怒りの声をあげたが、被告Aはこれを無視して立ち去り、その日の午前一〇時頃、原告に対し「おまん、ほんまに男に興味ないな。」等とからかった。
被告Aは、平成四年秋頃、原告の長女の父親について詮索し、「(原告の娘を)大人になったら、わし、いてもうちゃろ。」等と言って、原告のプライバシーを傷つけ、原告の長女に対する性的発言をし、子どもを思う原告の感情を傷つけた。
(2) (被告Bのセクシュアル・ハラスメント)
被告Bも、被告Aに続いて、原告を日常的に「おばん、おばあ、ばばあ、くそばば。」等と呼んだ。原告は、これに対し「おばんてか。」等と言って嫌な顔を示したが、被告Bは、「おばんにおばんと言ってどこが悪いんな。」等と聞き入れようとしなかった。但し、被告Bは、自分が担当している松茸の荷造り作業を原告が手伝う期間のみ「花子ちゃん。」等と呼んだ。
また、被告Bは、平成元年春頃より、毎日のように午前五時から七時頃まで、自らは飲酒しながら、一階階段付近で、二階事務所より一階事務所まで伝票を取りに下りてくる原告に対し、店の客のいる前で、「生理のあがったおばん。」「○○(女性性器名)に蜘蛛の巣の張ったおばん。」「おばんの○○(同)ら、詰まってしもて使えんやろ。」とからかい、侮辱した。
平成四年九月頃より、原告が「喘息でしんどいし、指も痛い。」と断っているにもかかわらず、「おばん、手伝えよ。」と松茸の荷詰め作業を行うよう執拗に迫り、原告がなおも断ると、「生理の上がったおばん、手伝えよ。」「おばんの穴ら、ガボガボやろ。長芋つっこんどけよ。」「○○(女性性器名)に蜘蛛の巣張ったおばん、自分でやってんのか。」等と執拗に繰り返し、「おばん、真面目に仕事やってるか。」「さぼんなよ。」等と絡み嫌がらせを行った。
(3) (被告Cのセクシュアル・ハラスメント)
被告Cも、平成元年春頃より、原告を日常的に「おばん、おばあ、ばばあ。」等と強い口調で呼びつけ、特に気に入らないことがあると「くそばば。」と呼んだ。
また、被告Cの座っている後ろを原告が通る度に、日常的に、原告の尻を一〇回以上触った。原告は、その都度「もう!」とか「こら!」とかと抗議したが、被告Cは知らん顔をしていた。
加えて、被告Cは、「ほられてんのやろ。」等と、原告の長女の父親のことなど原告のプライバシーを詮索した。
(4) (被告Dのセクシュアル・ハラスメント)
被告Dも、原告を日常的に「おばん、おばあ。」等と呼び侮辱した。
また、被告Dは、平成元年三月頃より、原告がコンピューターに入力する伝票を取るため一階事務所入り口付近の原告Dの側を通る際に、しばしば原告の尻を触ったり、乳房をすくうように胸を触ったりした。
原告は、「こら!」と言ったり、「やめてよ!」と手を払いのけたりして抗議したが、被告Dは、「何もしていない。」としらばっくれたり、視線をそらして聞き流した。
また、被告Dは、男女の性器名を大声で言ってからかい、原告の体重や体型、足の太さをあげつらって笑った。
そんな中、被告Dは、平成五年一二月上旬の午前中、原告が伝票を取るために一階事務所入口に入る度に、三回にわたり身体を触った。被告Dは、午前九時頃から一〇時半頃までの間、右手に持っていたボールペンで原告の性器をスカートの上から突っつき、その約三〇分後にも、原告の尻を撫でるように触り、更に三〇分後にも、原告の胸をすくうように触り、「不細工になって、太い足やな。」等とからかった。原告の胸を触った際には、被告会社の代表者代表取締役である岸裕(以下、「岸」という。)が、被告Dと並んで一階事務所入口に立っていたが、岸は被告Dを諫めることもしなかった。
また、被告Dは、同年一二月三一日午前八時頃、おせち料理を食べながら飲酒した際、原告に対し、「今、盛りやな。」「どうな、いっぺん。」としつこく誘った。
(5) (被告Dの暴力行為)
平成六年一月一一日午前五時頃、原告が一階事務所に伝票を取りに行った際、原告が挨拶のつもりで被告Dの被っていた帽子に軽く触れたところ、被告Dは突然、「お前みたいに、落ちぶれてないわ。」と怒鳴り、持っていた手板(バインダー)で、原告の頭部を数回、力一杯叩いた。
被告Dは、繰り返し原告の身体に触り、性的にからかい、侮辱していたのであるが、その根底にある原告への蔑視の気持ちが右暴力となって現われたのであって、右暴力は、それまでのセクシュアル・ハラスメントと一連の行為をなすものである。
原告は、被告Dの余りの剣幕に脅え、その場にしゃがみ込んで謝り、散らばった伝票を泣きながら拾い集めた。
原告は、日常的かつ執拗なセクシュアル・ハラスメントに耐えながら、誠実に仕事を続けてきたが、かかる暴力と侮辱を加えられたことから、我慢の限界に達し、同日午前六時頃、岸に抗議した。岸は、原告の抗議に対し、「人前での暴力は良くないことだから、Dに言っとく。」と答えながら、その後何の対処もしなかった。また、被告Dも、原告に対し何らの謝罪もしていない。
原告は、ついに退職を決意し、同日夕方、被告会社の事務長に対し退職する旨を告げ、翌一月一二日、岸に退職を告げた。
(6) (まとめ)
原告は、早朝よりの過酷な労働条件にもかかわらず、労災と思われる体調の不調をかかえながら、二人の子どものために懸命に働き続けてきたが、職場における前記セクシュアル・ハラスメントに、不快な思いをし、心身ともに深く傷ついた。しかし、被告A、同B、同C、同D(以下、「被告Aら」という。)がいずれも被告会社の役員であることから、解雇その他の不利益処分を恐れ、「こらっ!」等と角が立たない程度に抗議したものの、それ以上に強く抗議することもできなかった。
ところが、被告Aらは、原告の痛みや苦しみを知りながら、日常的かつ執拗に、性的にからかい、侮辱し、威圧し、体に触るなどの行為を繰り返したのである。そして、ついには暴力まで振るい、原告を退職に追いやったものである。
被告会社は、被告Aらの原告に対する右セクシュアル・ハラスメントを熟知しながら、これを放置し続けた。また、被告Dの右暴力行為について、原告から抗議を受けながら、被告Dを叱責するなど、これに対する適切な措置を何らとることなく放置し、原告を退職に追いやったものである。
被告Aら及び被告会社の、これほどまでに無神経かつ残酷な右一連の行為は、被告Aら及び被告会社が、女性の人格を無視し、女性を性的なモノとしかみなしていない女性差別、女性蔑視の意識に深く毒されていることを如実に示すものである。
3 (被告らの責任)
(一) (セクシュアル・ハラスメント)
雇用の場におけるセクシュアル・ハラスメントとは、「相手の意に反した、性的な性質の言動を行い、それに対する対応によって仕事を遂行する上で一定の不利益を与えたり、又はそれを繰り返すことによって就業環境を著しく悪化させること」を言う(財団法人二一世紀職業財団「女子雇用管理とコミュニケーションギャップに関する研究会報告」)。
セクシュアル・ハラスメントは、女性を職場における対等なパートナーとは見ず、性的なモノとみなす女性差別的な意識に基づくものであり、両性の平等(憲法一四条、二四条)に明らかに反する行為である。また、被害者の女性の名誉や名誉感情、プライバシー、性的自由、性的自己決定権等の人格権(憲法一三条)を侵害し、個人としての尊厳を否定する行為である。加えて、女性が安全な環境の下で働く権利(憲法二七条)をも侵害する行為である。
従って、不法な行為であることは当然である。
(二) (被告Aらの責任)
被告Aらは、右のとおり、原告に対し、日常的かつ執拗に、性的にからかい、侮辱し、威圧し続け、原告の尻や胸、性器に触るなどの性的言動を繰り返し、原告の就業環境を著しく悪化させた。そしてついには暴力まで振るい、原告を退職に追いやったものである。原告の名誉や名誉感情、プライバシーを侵害し、性的自由、性的自己決定権等の人格権を侵害し、安全な環境で働く権利を侵害したものである。
被告Aらの右行為が、セクシュアル・ハラスメントにあたることは明白であり被告Aらは民法七〇九条に基づき、共同不法行為として不法行為責任を負う。
(三) (被告会社の責任)
被告Aらはいずれも被告会社の役員である。また、被告会社の代表者である岸は、被告Aらのセクシュアル・ハラスメントをしばしば目撃しており、右セクシュアル・ハラスメントの事実を熟知しており、被告Dの暴力行為についても原告から直後に抗議を受け知っていた。
被告会社は、被告Aらの原告に対する右セクシュアル・ハラスメントを熟知しながら、これを放置し続け、被告Dの右暴力行為について、原告から抗議を受けながら、被告Dを叱責するなどの適切な措置を何らとることなく放置し、原告を退職に追いやったものである。
被告Aらの右不法行為は、被告会社の「業務の執行につき」行われたものであるから、被告会社は民法七一五条に基づき使用者責任を負う。
また被告会社は、原告に対し労働契約に基づき信義則上、原告が精神身体の両面にわたり安全に働くことができるよう配慮する義務(安全配慮義務)を負うべきところ、被告会社は、被告Aらによるセクシュアル・ハラスメントの実態を熟知していたのだからこれを排除するなどして職場環境を整備する義務を負っていたにもかかわらずこれを怠り、原告に劣悪な職場環境を強いつづけて原告に多大な精神的苦痛を与え、ついには退職に追い込んだのであるから、民法四一五条に基づき債務不履行に基づく損害賠償責任を負う。
4 (損害)
(一) (慰謝料)
原告は、被告らの日常的かつ執拗なセクシュアル・ハラスメントにより、長年にわたり、不快な職場環境の下での労働を強いられ、名誉及び名誉感情、プライバシー、性的自由、性的自己決定権等の人格権を侵害され、人間としての誇り、尊厳を傷つけられてきた。また、その結果、退職をも余儀なくされた。
原告は、これにより回復困難な精神的苦痛を被ったものであり、これを慰謝するには金五〇〇万円を下らない金額をもってするのが相当である。
(二) (弁護士費用)
金五〇万円
5 (結論)
よって、原告は、被告らに対し、各自、不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償請求権に基づき、金五五〇万円及びこれに対する被告らに対する訴状送達の最も遅い日の翌日である平成六年一〇月一二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否(被告ら)
1 請求原因1について
(一)の事実は認める。
(二)の事実は不知。
(三)のうち、原告が、昭和六三年一〇月、被告会社にアルバイトとして入社し、平成元年五月より正社員として被告会社に勤務し続けたこと、原告が被告会社を退職したことについては認め、その余の事実は否認する。
(四)の事実は認める。
(五)の事実は認める。
2 同2について
(一)(1)の事実は認める。
(一)(2)のうち、原告は女性事務員が一名退職したこともあり平成元年五月からは正社員として勤務するようになり、勤務時間も午前四時三〇分から午後一時までとなったこと、途中四〇分から一時間の休憩時間があったことについては認め、原告が後述のような過酷な労働条件に加えてセクシュアル・ハラスメントに苦しめられたことについては否認し、その余については不知。
(一)(3)のうち、原告の主な仕事は被告会社の売上、仕入等の経理関係のコンピューター入力と社員の売上管理表の作成であったが、加えて六月下旬から八月上旬の桃特別ギフトにはその荷造りと発送、お盆と年末の特別発注時にはその担当者別売上計上漏れのチェックの仕事に携わってきたことについては認め、その余の事実は否認する。
但し、一二月二四日から一二月二九日の間、原告は午後二時頃まで勤務したことについては認める。
(一)(4)のうち、原告は平成四年度のお盆、松茸の特別勤務を断ったことについては否認し、その余については不知。
なお、被告らは原告に対し、平成元年九月初旬頃、一週間位の間一日に一、二時間位松茸の荷詰めに必要な「シダの葉」を詰めて貰ったことがあるが、右以外に松茸の荷詰め作業や松茸の特別勤務を指示したことはない。従って、特別勤務の拒否ということもない。
(二)(1)のうち、原告はショックを受けたが、絶対的な権力を持つ役員の言葉に、言い返すことができなかったことについては、不知であり、その余の被告Aに関するセクシュアル・ハラスメントに関する具体的事実を否認する。
但し、被告Aは、原告からのからかいに反発して「おばん」と言ったことはある。
なお、原告は、被告会社に勤務する以前は和歌山市中央卸売市場の青果の仲卸売業を営む「丸連青果」や「山善青果」に勤務し、右各仲卸業者に勤務中から「おばん」と呼ばれていた。
(二)(2)のうち、被告Bが平成元年春ころ、午前七時から八時頃間での間に、飲酒したことは認める。
右飲酒は、会社の承認している慣行としてのもので、作業従事者全員が缶ビール一本を飲む程度である。これは野菜・果物の販売場所が室外にあり、冬ないし早春の早朝は冷えるため、飲酒して身体を暖めるためである。
その余の被告Bに関するセクシュアル・ハラスメントについての具体的事実については全て否認する。
(二)(3)の被告Cに関するセクシュアル・ハラスメントについての具体的事実については否認する。
但し、被告Cは、原告からのからかいに反発して一度位は「おばん」と言ったことがある。
(二)(4)の被告Dに関するセクシュアル・ハラスメントについての具体的事実については否認する。
但し、被告Dは、原告からのからかいに反発して二、三度「おばん」と言ったことがある。また、一度だけ原告の体重や体型を指摘したことがあるが、これは原告の方から被告Dに対し、「あんたの腹が大きいが、ビール腹か。」等と言ってからかわれたので「花子ちゃんも同じように大きいのと違うのか。」と言ったことがあるにすぎない。
(二)(5)の一段目、二段目のうち、平成六年一月一一日、午前五時ころ、被告Dが持っていた手板(バインダー)で原告の頭部を二回軽く叩いたことは認めるが、その余の事実は否認する。三段目の事実は否認する。四段目のうち、同日午前六時頃、被告会社の代表者である岸に頭を殴られたことを言ったこと、被告Dが原告に対し、謝罪していないことについては認め、その余の事実は否認する。五段目のうち、一月一二日、岸に対し、退職を告げたことについては認め、被告会社事務長に対し退職を告げたことについては否認し、その余の事実は不知。
(二)(6)は否認ないし争う。
3 同3の(二)(三)は否認ないし争う。
4 同4は争う。
三 原告の主張
1 (はじめに)
本件は、被告会社役員である被告Aらが、長期間にわたり勤務時間中に女性社員である原告に(入社後約七ヶ月間はアルバイトだったが、セクシュアル・ハラスメントの被害はその頃から被っていた。)「おばん、おばあ、くそばば。」等の蔑称で呼び、卑猥な発言をしたり、身体への性的な接触をすることにより、職場環境を害したものであり、更に、右蔑視のあらわれとして、暴力によって原告を退職せしめたものであり、典型的な環境型のセクシュアル・ハラスメントである。
原告は、母子家庭であった為に、原告の収入で生計を維持していたこと、勤務時間が子供の養育に都合が良かったことから、セクシュアル・ハラスメントの被害を蒙りながらもこれに耐えて、必死に働いていたのである。しかし、それにとどまらず、本件に特徴的なことは、職場は和歌山市中央卸売市場において、野菜や果物等の仲卸売業を営む会社であり、勤務時間中に飲酒することが慣行化しており、職場環境が劣悪でセクシュアル・ハラスメントを生み出す要因となっていたこと、また役員(男性)優位の力関係が根強く、役員が卑猥な発言をしても、女性社員が逆らえないという差別的慣行が維持されていたこと、使用者はセクシュアル・ハラスメント発覚後もそれらを改善せず、適切な対処を怠っているもので、使用者はそれらの点でも責任が問われねばならないということである。
第一に、本件の被告らの行為は、原告の性的な自由、性的自己決定権を含む人格権を侵害し、働きやすい職場環境のもとで働く権利を侵害したもので、セクシュアル・ハラスメントとして不法行為が成立し(民法七〇九条)、右不法行為は業務に密接に関連して行われたものであるから、被告会社は被告Aらの行為に対する使用者責任を免れない(同七一五条)。
第二に、被告Aらは、いずれも被告会社の役員であり、被告会社の本件セクシュアル・ハラスメントの発覚当時の監督責任者であるにもかかわらず、原告がいわゆる未婚の母であり、女手一つで二人の子供を養育していたこと、入社当時既に四〇歳を超していたことから、原告を「落ちぶれている」と評価し、長期間にわたり、日常的かつ執拗に、性的にからかい侮辱し、威圧し続け、原告の尻や胸や性器に触れるなどの性的言動を繰返していた。又被告会社の代表者である岸も被告らのセクシュアル・ハラスメントをしばしば目撃しており、セクシュアル・ハラスメントの事実を熟知していたにもかかわらず、これを放置し、職場における役員(男性)優位の差別的慣行を維持し、被告Dの暴力行為や被告Dから「落ちぶれている」と言われたことについて、原告から抗議を受けながらも迅速に事実を確認し、これに対する適切な措置を取ることを怠り、職場が被用者にとって働きやすい環境を保つよう配慮する注意義務を怠ったものである。従って、その点において監督責任者らに原告に対する不法行為が成立し、被告会社は、これらの点でも使用者責任を負う(同七〇九条、同七一五条)。
第三に、被告会社は、使用者として労働者の労務遂行を困難にするような精神的障害が生じないように職場環境を整備すべき配慮義務を尽くさず、セクシュアル・ハラスメントを引き起し、その後適切な対処、改善をしなかった点で債務不履行責任を免れない(同四一五条)。
2 (被告Aらのセクシュアル・ハラスメントについて)
本件における、原告に対する「おばん、ばばあ、くそばば。」等の蔑称や卑猥なからかい、身体的セクシュアル・ハラスメントは原告に対する根深い女性差別、女性蔑視から生まれたものであり、被告Dによる暴力も、同じく原告に対する差別、蔑視の発現と言うべきである、それを明白に示す言葉が、被告Dの、「お前みたいに落ちぶれてないわ。」といった言葉である。
そのような差別、蔑視を生み、放置してきたのは、個々の被告の責任に止まらず、被告会社の重大な責任である。従って、まず原告が日常的にセクシュアル・ハラスメントを受け、最後は暴力を受けるに至った職場の環境が、いかなるものであったかについて述べる。
本件職場環境の特徴は、卸売市場という性質上、勤務時間が深夜、早朝にわたる肉体労働であり、特に、冬場はふきさらしの寒い場所での作業があり、労働条件が過酷なことである。
そのため、社員の不満をそらすためか、勤務中の冬は酒、夏はビールという飲酒が大目にみられて常態化している。また、勤務中に男性役員が若い女性社員を抱っこしたり、身体を触っていても誰も注意しないというようにモラルや風紀が低下している。さらに、役員の担当部門は専門化しており、独特の権力構造がある。女性社員に対しては名前を呼び捨てにする。
このような環境は、典型的な悪しき男性社会であり、必然的に若い女性社員を可愛がり、原告のように中年でしかも夫のいない女性を馬鹿にするという風潮を生むことになる。
また、原告がおもにセクシュアル・ハラスメントを受けてきたのは、一階の事務所に伝票をとりにおりる時に、事務所や店舗内の狭い通路を通る時である。事務所や店舗の中には、所狭しと商品がおいてあり、役員らは事務所内の椅子に座ったり、通路に立っているため、原告の通る通路が塞がれる状態になる。原告はそこを通らざるを得ないのでありその時に受ける言葉や身体的セクシュアル・ハラスメントから逃れたり、避けることは難しかった。そのような環境がさらに原告へのセクシュアル・ハラスメントを日常化させた。
以上のように、原告に対する蔑称、セクシュアル・ハラスメント、暴力は、職場環境と密接に結びついて引き起こされている。
四 被告らの主張
1 (本件訴訟に至る経緯)
原告が、被告会社を辞めたのは、原告が仕事中の被告Dの頭を撫でたことから、被告Dが原告の頭を手板で叩いたことが原因であり、セクシュアル・ハラスメントとは全く関係ないのである。このことは、本件訴訟の経緯からも明らかである。
原告が、平成六年一月一一日、被告Dの帽子の上から後頭部辺りを「おはようと言ってもらうために撫でた」ところ、被告Dは熱心に値入れの仕事の最中であった為、また二日にわたり仕事中に頭を撫でられたことから、つい手板で原告の頭を叩いてしまったのである。
原告は、被告Dから人前で頭を叩かれたことから、被告会社代表者岸に被告Dの暴行を訴え、被告Dからの謝罪を期待していたところ、被告Dは、叩いたことについては謝罪するが、頭を撫でたことについて謝罪して欲しいと反論し、結局被告Dから謝罪を得られず、一方的に被告会社を辞めてしまったのである。
原告が被告会社を退社した直後、原告から、被告会社に送付のあった書面(乙第一〇号証)からも、退社の理由が被告Dの暴行であることが明らかである。
さらに原告は、右暴行について、和歌山西警察署に訴え出たが、原告の意図通り解決出来ず、その後調停申立(平成六年(ノ)第二号)を行ったのである。
右申立書では、被告Dの暴行を殺人行為に例える等誇張した主張を行っていることが明らかである。
もちろん右申立書には、被告Dの暴行の点は主張されているが、本件訴訟において主張しているセクシュアル・ハラスメントの事実の主張は全くないのである。
2 (原告の被告会社役員並びに他の社員に対する態度)
原告は、被告会社において、青果物の値段等をコンピューター入力することが主な仕事であり、右仕事自体は熱心にしており、被告会社にとっては、原告に辞められると代わりの社員がなかなか見付からないから、被告会社において、被告Aらは原告を大切にしてきたのである。
原告自身他の女性社員らと比較しても頭が良く、被告会社の役員とも対等の立場で話をしたりしていたのである。
また、コンピューターの仕事が多いといっても、暇な時間もあり、そのような時は被告会社役員らと冗談や雑談を言ったりすることが多かったのである。
原告は、雑談する時間もなかったと供述しているが、原告の右供述は信頼できない。
このことは、原告が被告Aの腹や被告Dの腰部を手で触ったりしていたことからも、右のような時間があったことは明らかである。
原告は、とくに被告A、被告Dとは仲が良かったのである。原告は、被告A、被告Dに対し、腹を触ったり、ボールペンでつついたりもよくしたのである。
原告自身、被告Aの腹及び被告Dの腰を触ったことを除いて、腹等を触ったりしたことがないと証言するが、本件退職のきっかけとなったのが、被告Dの頭を撫でたことが原因である。
原告は、「おはよう」のつもりで被告Dの頭を撫でたとのことである。原告が前日も同じ行為を行っており、これらは、日頃から原告と被告Dとはお互いに冗談をいったりする親しい仲であったことを意味することは明らかであり、少なくとも日頃から嫌悪感を持っていたのでないことは明確である。
さらに原告は、前記調停の際提出した上申書(甲第一三号証の七、二頁の下から五行目)に「夜の夫婦生活がつかれるのか、コンピューターの前に座って大きなあくび」と記載する等原告自身他の従業員らに対する性的関心を持っていることが如実に記載されている通り、原告自身被告ら役員に対し、性的発言をしたりすることも多かったのである。
3 (原告の被告会社での勤務態度並びにそれに対する労働条件)
原告は、昭和六三年一〇月頃、当初アルバイトとして被告会社で働き出したのであるが、勤務時間の途中午前七時から八時頃まで帰宅し、子供を学校に送りだし再び勤務するとのことであった。原告は、平成元年春頃、正社員として、被告会社に勤務するようになったが、その後右条件を退職時まで全く変更されることなく、原告の特権として被告会社から認められ、しかも昇給や賞与においても他の社員同様に給付されており、労働条件として、他の社員と比較して、有利でこそあれこれまで不利益に扱われたことは一切ないのである。
原告は、特別に松茸の荷詰めの作業をさせられたかのような主張をするが、これについても、特別に手当として賃金を受取っているのである。
さらに原告は、喘息の発作や腱鞘炎があたかも労働災害であるかのような主張をするが、因果関係が不明であり、しかもこれまで喘息や腱鞘炎について被告会社での作業が原因だと話をしたことはなく、本件訴訟において初めて主張したのである。
4 (原告の呼称について)
原告の主張によると、昭和六三年一一月頃、被告Aが原告を名前で呼ばず日常的に「おばん」等と呼び、以降他の役員や従業員らもこれに倣い、原告のことを「おばん、ばばあ、くそばば。」等呼ぶようになったとのことである。
しかし、小迫菜穂子の陳述書(乙第一七号証)からも明らかな通り、被告代表者岸は「甲野さん」と呼び、被告A、被告D、被告Bは「花子ちゃん」と呼び、たまに「おばさん」と呼んでいたとのことである。また被告Cは「おばん」と呼んでいたこともあるとのことである。
このことは、概ね被告らの供述と一致している。
原告は、被告会社に勤務する以前に山善青果株式会社、丸連青果株式会社で働いており、そこで「おばん」等と呼ばれていたのである。
また、中央卸売市場内では、名前の知らない中年の女性に対し、「おばん、おばちゃん。」等呼称しており、このことについてはこれまで中央卸売市場で働いていた原告は十分知悉している。従って、仮に原告に対する呼称が嫌であれば、名前を呼ぶように被告Aらに対し、抗議したり、被告会社代表者に苦情を言ったりすべきであるが、何ら右抗議、苦情を言っていない。
被告会社では、氏でなく、名前を呼んだり、愛称で呼んだりしており、原告自身被告Bに対し、「Bちゃん」と呼んだり、被告の上司に当たる植西に対し、植西君と呼んだりしている。
被告Cが「おばん」と呼んだとしても、原告自身右呼称を是認していたのであり、その呼称のゆえにセクシュアル・ハラスメントがあったとはいえない。
また、原告の主張によると、昭和六三年一一月頃から、「おばん、ばばあ、くそばば。」等呼ぶようになったとのことであるが、原告はこの時期パートとして勤務しており、それ以後正社員として勤務するようになったのである。
原告は、セクシュアル・ハラスメントとして右のような呼称をされているなら、正社員になると通常は考えられない。
5 (被告Dのセクシュアル・ハラスメントの不存在について)
被告Dのセクシュアル・ハラスメントについて、原告が具体的に主張しているのは、
(一) 平成元年三月頃、原告がコンピューター入力する伝票を取るため一階事務所入口付近の被告Dの側を通る際にしばしば原告の尻を触ったり、乳房をすくうように胸を触った。
(二) 平成五年一二月上旬の午前中、原告が伝票を取るため、一階事務所入口に入る度に三回にわたり体を触った。九時頃から一〇時三〇分頃までの間、右手に持っていたボールペンで原告の性器をスカートの上からつついた。その後も原告の尻や乳房を触った。
(三) 平成五年一二月三一日午前八時頃、お節料理を食べながら飲酒の上、「今、盛りやな。」「どうな、いっぺん。」としつこく誘った。
とのことである。
右(一)ないし(三)の事実が存しないことは、被告Dの法廷での供述からも明らかである。
仮に右事実があれば、原告は被告Dに対し、嫌悪感や悪意をもつことは明らかである。にもかかわらず、原告は被告Dに対し、平成六年一月一〇日及び同月一一日に被告Dに「おはようといってもらいたかった。」、とくに一〇日は、「ちょっとおどけて軽い気持ちでバインダーの下で帽子に軽く触る感じで触るとこらといっていましたが私は笑っていました。」と供述する等全く被告Dに対し、嫌悪感や悪感情をもっていなかったことを証言している。
(二)(三)の事実は、被告Dが原告を手板で叩く一〇日ないし約一か月前頃のことであるから、本当に右事実が存在するなら、原告が冗談で被告Dの頭を触れば、再びセクシュアル・ハラスメントを受けることが十分予想できるのであるから、通常は被告Dの頭を触るということは考えられないのである。
このことからも、原告主張のようなセクシュアル・ハラスメントを被告Dから受けたことがないことが明らかである。
なお、原告自身の供述からも明らかなとおり、被告Dが腰痛で唸っていた平成五年の夏か秋頃、原告が被告Dの腰を両手で触ったとのことであるが、これらのことは、原告と被告Dとはお互いに嫌悪感や悪感情等をもっていなかったことが十分伺える。
6 (被告Aのセクシュアル・ハラスメントの不存在について)
被告Aのセクシュアル・ハラスメントについて、原告が具体的に主張しているのは、
(一) 平成元年三月頃から、一階事務所前売場において、しばしば擦れ違いざまに原告の尻をスカートの上から撫でたり、原告の顔を見ると「××(男性器名)」「○○(女性器名)」「○○(同)する。」と大声でいい、しばしばジェスチャーをつけてからかった。
(二) 平成元年五月午前六時頃、原告が一階事務所で入力する伝票を持っているとき、擦れ違いざまに原告の尻をスカートの上から撫でた。
(三) 平成三年春頃、午前六時頃、仕入業者の前で、「○○(女性器名)なめちやろか」「わしの××(男性器名)ら入れたら、ヒーンヒンゆうけどな」と言ってしたで唇を嘗めたりしたをベロベロ出したりした。
(四) 平成五年二月、午前五時か六時頃、二階事務所入口において、一階に伝票を取りに下りるため履物を履こうとして前かがみになっていた原告の尻から股間に右手を突っ込み、伸縮性のあるスカートの上から性器を強く触った。
(五) 平成四年秋頃、原告の長女の父親について、詮索し、「(原告の娘)大人になったら、わし、いてもうちゃろ。」等と言った。
とのことである。
右(一)ないし(五)の事実のうち、(一)(四)(五)の事実が存しないことは被告Aの法廷における供述からも明らかである。
また、(二)(三)についても被告Aははっきり覚えておらず、仮に発言したとしても、原告が被告Aに対し、ボールペンでつついたり、冗談を言ったりしたとき、被告Aの方も冗談を言い返した時に発言したとしか考えられない。
仮に、右発言があったとしても、原告も冗談を言ったときであるから、当然原告において了解しているものである。
右のことは、被告Aが、これまで原告から「いやらしい。」とか「発言を止めてほしい。」とか言われたこともないことから明らかである。
仮に右事実が存すれば、原告は被告Aに嫌悪感や悪感情を持つことが明らかである。にもかかわらず、被告Aがお腹を張ってしんどいと言っていたところ、原告は手を被告Aのお腹の上においたことがあるとのことである。このことから考えても、原告が被告Aに悪感情や嫌悪感を持っていなかったことが明らかである。
さらに、原告は、被告Aに長男の長電話や登校拒否等について相談をしたり、また被告Aの妻に原告の長男のことで電話があるなど、むしろ原告は被告Aを信頼していたといえるのである。
また、被告Aが原告の長女と偶然会った際、同女が被告Aに対し、笑いながら手をふってくれたりしており、このことからも、原告は長女に対し被告Aに対する好感を伝えていたといえる。
また、被告Aの供述のとおり、被告Aが、二階の事務所で靴を締めているとき、原告が被告Aの近くに来て冗談をいったので、手を外側に払ったとき原告の股と股の間に当たったことがあるとのことである。
しかし、このことについても、当然原告から抗議や苦情又は原告以外の従業員(特に女性従業員)からの抗議や苦情もなく、原告は退職するまで被告Aに対し、以前と同様に冗談をいってからかいにきていたのである。
従って、被告Aが原告に対し、前記(一)ないし(五)の行為をしたとの原告の主張は誤りであり、右に沿う原告の供述は信頼できない。
7 (被告Bのセクシュアル・ハラスメントの不存在について)
原告の主張によると、被告Bのセクシュアル・ハラスメントは次のようなことである。
(一) 平成元年春頃から毎日原告に対し、客のいる前で「生理のあがったおばん。」「○○(女性性器名)に蜘蛛の巣のはったおばん。」「おばんの○○(同)から詰まってしまってつかえんやろ。」とからかった。
(二) 平成四年九月頃から、松茸荷詰め作業を行うことを執拗に迫り、原告が断ると、「生理のあがったおばん手伝えよ。」「おばんの穴らガボガボやろ、長芋突っ込んどけよ。」「○○(女性性器名)に蜘蛛の巣張ったおばん、自分でやってんのか。」等繰り返した。
しかし、右セクシュアル・ハラスメントの事実がないことは、被告Bの法廷での供述からも明らかである。
ただ、被告Bが原告から突っつかれたり、「私に惚れているやろ。」等言われたとき冗談半分で前記(一)のようなことをいったこともあると供述する。
原告は、被告Bを「Bちゃん。」と呼んだりして、原告は被告Bと悪感情なく退職時まで仕事を行ってきたのである。
次に、原告は、「原告が被告Bの松茸の作業を断ったことから、原告にもっと仕事をせえといって被告Bが暴れ、二階の硝子戸が変形していた。」とあたかも被告Bが松茸の作業を強要したかのように供述する。
しかも、右供述は、あたかも被告Bが、松茸の作業を断ったことに対し、セクシュアル・ハラスメントが強くなったというための理由のようであるが、右は虚偽の供述である。
原告自身、上申書(甲第一三号証の七、二五頁)に「二階事務所のドアがこわされ、ガラスがわられていました。役員がお酒を飲んで暴れたらしいです。原因は二階事務所への不満とか。」と記載しており、被告Bの法廷における供述と概ね一致するのである。
8 (被告Cのセクシュアル・ハラスメントの不存在について)
原告の主張によると、被告Cのセクシュアル・ハラスメントは次のようなことである。
(一) 被告Cの座っている後ろを原告が通る度に、日常的に原告の尻を触った。
(二) 「ほられてんのやろ」等、原告の長女の父親のこと等原告のプライバシーを詮索した。
とのことである。
しかし、右セクシュアル・ハラスメントの事実がないことは、被告Cの法廷における供述からも明らかである。
被告Cは、原告と特に後記の点等を除いて私的な会話はほとんどなく、仕事の話以外にほとんど会話をしていない。
被告Cは、現在三九歳であり、原告は被告Cよりも約一〇歳年上である。
このような関係にある被告Cが、原告に対し、前記(一)のようなセクシュアル・ハラスメントを行ったとの主張並びに右主張に沿う原告の供述は信頼できない。
また前記(二)についても、むしろ原告の方から養育費について話をしたりしており、被告Cが前記(二)のような発言をすることはない。
9 (被告Aらのその他の性的発言について)
被告A、被告Bによると、松茸の作業をしているときには、「息子がええ型している。」とか「自分より大きいとか小さいとかいっていた。」とのことである。
しかし、右発言は、原告に対してされたものでなく、いずれも原告以外に他の女性もいるところでなされたものである。
また、右発言がなされた状況は、新聞の三面記事や週刊誌に書かれていることについて女性達が雑談しているときになされたものである。
右発言に対し、原告や他の女性が嫌がったり、抗議したりしたこともなく、作業を止めて帰ったということもない。
10 (被告会社の責任について)
以上のとおり、被告Aらにおいて、原告に対するセクシュアル・ハラスメントの事実がないことは明らかである。
また、原告は、これまで約五年余り被告会社に勤務していたが、その間被告会社代表者に対し、全くセクシュアル・ハラスメントに関する訴え、抗議、苦情等を行ったことがない。
被告会社並びに関連会社であるパーム和歌山、岸産業において、女性従業員合計六〇人いるがこれまで全くセクシュアル・ハラスメントに関する苦情がなかった。
以上の点からも、被告会社にセクシュアル・ハラスメントに関する責任がないことは明らかである。
理由
第一 当裁判所が認定した事実
甲第二号証、第一三号証の一、二、五、六、第一四号証の一、二、第二一、第二四、第三三号証、検甲第一、第二号証、乙第一四ないし第一六号証、検乙第一ないし第一九号証、原告本人尋問の結果、被告Aら各本人尋問の結果、被告代表者本人尋問の結果、並びに当事者間に争いのない事実を総合すると、以下の事実を認めることができる。
1 原告は、昭和二二年三月三〇日生まれの女性で、昭和四五年に結婚し、昭和四七年に長男を出産したが、昭和五〇年に協議離婚し、長男を養育しながら会計事務所に勤務していた。
原告は、昭和五五年に婚姻外で長女を出産し、昭和六一年秋頃から和歌山市中央卸売市場内の山善青果株式会社でアルバイトとして勤務するようになり、昭和六三年春頃からは丸連青果株式会社でアルバイトとして勤務していたが、昭和六三年一〇月中旬、被告Cに誘われて、被告会社にアルバイトとして勤務するようになった。
2 被告会社は、和歌山市中央卸売市場内において、野菜、果物等の仲卸売業を営む会社である。
被告会社は、一階が事務所兼店舗になっており、二階が事務所で、二階事務所にコンピューターが設置されていたが、一階の事務所や店舗内通路は狭く、事務所や店舗内を移動する際に他の人が居るとその横や直ぐ後ろを通り抜けざるを得ない構造になっていた。
被告Aは、被告会社の専務取締役で松茸、筍、梅などの季節商品の販売に従事していたもの、被告Bは、被告会社の取締役でジャガイモ、玉葱、人参等の販売に従事していたもの、、被告Cは取締役営業部長として菌糸類、果菜類の販売、人事の仕事に従事していたもの、被告Dは被告会社の取締役で、販売の仕事に従事していたものである。
3 被告会社における原告の主な仕事は、売上、仕入等の経理関係のコンピューター入力と社員の売上管理表の作成であったが、加えて六月下旬から八月上旬の桃特別ギフト時にはその荷造りと発送、お盆と年末の特別発注時にはその担当者別売上計上漏れのチェックの仕事等に携わってきたもので、平成元年五月から正社員として、午前四時半頃出勤し、途中午前七時から午前八時まで帰宅して子供を学校に送り出し、平常は午後一時頃退社する勤務に就いていた。
これらの仕事に加えて、原告は、六月から八月までの桃のギフト時期における荷造りを発送作業、九月から一〇月中旬の松茸のギフト時期における松茸のスライス、詰め作業等繁忙期には事務以外の作業にも従事したこともあり、原告の勤務時間は、桃の時期、お盆や年末は勤務時間は午後二時頃までとなり、松茸の時期には通常の勤務時間に加え午後三時三〇分から午後八時三〇分の間も勤務したこともあった。また、平成三年一〇月頃よりは、男性事務職員の退職とファームバンキングの導入により、勤務時間は午後四時頃までとなることもあった。
4 平成元年五月ころ、原告は、経理部長や事務長から、コンピューターに入力するために各担当者のバインダーに閉じられた受注書に値入れを急いでしてもらうよう指示されたことから、一階の事務所や各売場で、担当者らに「値、はよ入れてよ。」と催促したことがあったが、これに対し、被告C、同Dら役員、担当者が、「朝から、入れて、入れて、いやらしいなー。」などとからかったことがあり、このことが、原告が、被告Aらから後記の行為に及ばれるきっかけとなった。
また、原告は、平成二年春頃より、子どもの頃に患った喘息の発作が出始め、平成三年秋頃より、コンピューターの入力作業による手指の腱鞘炎のため、整骨院に治療に通うようになった。
5 被告Aは、原告が入社して一月程した昭和六三年一一月頃より、原告を名前で呼ばずに「おばん」と呼ぶようになり、原告が平成元年に正社員になってからその傾向は強くなった。原告は、「おばん」と呼ばれることは嫌であったが、仕方なく返事をしていた。その後、他の役員や従業員らもこれに習い、原告のことを「おばん、ばばあ、くそばば。」等と呼ぶようになり、被告代表者の岸はこれを知っていたが、注意しなかった。被告会社には、原告より、年齢の若い従業員が他に二、三名在籍したが、それらの者は「おばん」と呼ばれたことはなかった。
6 被告Aは、平成元年三月頃から原告が退職するまでの間に数回、一階事務所前売場においてし、擦れ違いざまに原告の尻を衣服の上から触った。
また、被告Aは、平成元年春頃から、他の役員の前などで、男性器の名前を出したり、「なめちやろか。」「わしの入れたら、ひんひん言うけどな。」と言ったり、下をベロベロ出したりした。
原告は、最初はびっくりして被告Aの頭を一回叩いたことがあったが、その後は堪え忍ぶようになった。
被告Aは、平成元年五月頃の午前六時頃、原告が一階事務所で入力する伝票を持っているとき、擦れ違いざまに原告の尻をスカートの上から撫でた。
被告Aはまた、平成五年二月頃の午前五時から六時頃、二階事務所入口において、原告が履物を履こうとして前かがみになっていたところ、原告の後ろから股間に手を突っ込み、スカートの上から性器付近を強く触った。原告は、「こらっ。何すんの。」と大きな声を出して抗議したが、被告Aはすました顔をして立ち去り、同日、午前一〇時頃、原告の顔をみるや「おまん、ほんまに男に興味ないな。」と言って笑った。
被告Aは、平成四年春(秋)頃、原告の長女の父親について「あの、親父、好きやでなー。(原告の娘を)大人になったら、わし、いてもうちゃろ。」等と言った。
7 被告Bは、原告を日常的に「おばん、ばばあ、くそばば。」等と呼んだ。原告は、これに対し「おばんてか。」等と言って嫌な顔を示したが、被告Bは、「おばんにおばんちゅうてどこが悪りんな。」等と言い返した。
被告Bは、平成四年九月頃より、原告が喘息の発作と手指の腱鞘炎で松茸の手伝いを断ったところ、「生理の上がったおばん、手伝えよ。」「蜘蛛の巣張ったおばん手伝えよ。」と言って執拗に手伝いを要求し、「真面目に仕事やってるか。」「さぼんなよ。」等と嫌がらせを行った。
被告Bは、毎日のように午前五時から、コップに酒を入れ、それを飲みながら仕事をしていたが、平成四年九月頃から、飲酒しながら、原告に対し、他の従業員や客の居る前で、「生理のあがったおばん。」と言ったり、女性性器名を言って、「蜘蛛の巣の張ったおばん。」「おばんの穴ら、詰まってしもて使えんやろ。」「おばんの穴ら、ガボガボやろ。長芋つっこんどけよ。」「自分でやってんのか。」などとからかったりした。
8 被告Cは、平成元年春頃より、原告を日常的に「おばん、おばあ、ばばあ、くそばば。」と呼んだ。
また、一階事務所に原告が伝票を取りに降りて被告Cの座っている後ろを通る際に、原告の尻を一〇回以上撫でた。原告は、「こら」とか「もう」とかとか言ってこれに抗議したが、被告Cは知らん顔をしていた。
被告Cは、平成三年秋頃、原告に対し、「ほられてんのやろ。」等と、原告の長女が婚姻外の子であることから父親に捨てられているのではないかと指摘した。
9 被告Dは、原告を日常的に「おばん、おばあ、ばばあ、くそばば。」等と呼んだ。
また、被告Dは、平成元年春以降、原告が一階事務所入り口付近の被告Dの後ろ側を通る際等に、数え切れない程原告の尻を撫でたり、数回原告の胸をすくうように指で触ったりした。原告は、「こら」とか、「もう」とか言って抗議したが、被告Dは、知らん顔をしていた。
また、原告の体重や体型について、「不細工やなあ。」とか「太って。」とからかった。
被告Dは、平成五年一二月上旬の午前九時頃から一〇時半頃までの間、原告が伝票を取るために一階事務所入口に入った際、持っていたボールペンで原告の性器付近をスカートの上から突っつき、原告の尻を軽く撫でるように触り、原告の胸をすくうように触り、「どうよ不細工になって。」等とからかった。被告Dが原告の胸を触った際には、被告代表者の岸は、被告Dの後ろに立っていたが、岸は笑って立っていただけであった。
また、同年一二月三一日午前八時頃、おせち料理を食べながら飲酒した際、被告Dは原告に対し、「今盛りやなあ。」「今一番ええときと違うか、どうないっぺん。」としつこく誘った。
平成六年一月一一日午前五時頃、原告が一階事務所に伝票を取りに行った際、机の前の椅子に座っていた被告Dの椅子が後ろに出ていたため通りにくかったので椅子を引いてもらいたかったことと、「おはよう。」という挨拶のつもりもあって、原告が被告Dの被っていた帽子の前頂部を軽く一回触ったところ、被告Dは、同様のことが前日にもあったことから立腹し、「お前みたいに、落ちぶれてないわ。」と怒鳴り、持っていたボール紙製のバインダーで、原告の頭部を三回位叩いた。
原告は、びっくりしたことと情けなかったことから、その場にしゃがみ込んで「すみません。」と謝りながら散らばった伝票を拾った。
10 原告は、同日午前六時頃、岸に対し、被告Dに殴られた旨訴えたところ、岸は、「人前での暴力は良くないから、Dに言っとく。」と答えた。
しかしながら、その後被告Dは、原告に対し謝罪することもせず、被告会社の対応も不十分であったことから、原告は、被告会社を退職することを決意し、同日午後六時頃、被告会社の事務長に対し退職する旨を告げ、翌一月一二日午前一〇時頃、岸に退職するを告げて、そのころ被告会社を退職した。
原告は、退職後、三日ほど眠れない状態が続き、同月一四日、和歌浦中央病院を受診し、精神安定剤の処方を受けた。
原告は、被告Dから謝罪がなかったことから、同月一七日、和歌山西警察署に相談に行き、同署の係官に被告会社に電話してもらい、被告Dと電話で話し合ったが、被告Dが謝罪をせず、原告の尻や胸を触ったことも否定したため、話し合いは纏まらなかった。
原告は、被告Dの前記暴行と被告Dのその他の不法行為について謝罪をしてもらいたかったことから、同月一八日、被告Dのみを相手方として被告Dの暴行について新聞紙上での謝罪広告を求める調停を和歌山簡易裁判所に申立てた。この段階では、原告は被告Dの暴行以外の不法行為については羞恥心があったことと、窓口で申立書を記載したことから、これを調停申立書に記載しなかったが、被告会社内における「おばん、ばばあ、くそばば。」等の呼称の問題や尻、下腹部を触られたりしたことも記載した各上申書を作成し、同月二四日、同月二八日に和歌山簡易裁判所にそれぞれ提出した。
原告は、右調停において、被告D側から被告会社を相手方にするなら申立てをして欲しい旨申入れられたことから、同年四月二八日、被告会社を相手方として、被告会社役員が原告を「おばん、おばあ、ばばあ、くそばば。」と呼んで女性差別発言をしたり、被告Aがスカートの上から肛門に届くほど手を入れたり、被告Dが原告の尻を触ったり、被告Bが「生理の上がったおばん。」と呼んだりしたこと等について謝罪文と慰謝料金一〇〇万円の支払を求める調停を和歌山簡易裁判所に申し立てた。
右調停は、いずれも不調に終わり、原告は原告代理人らに訴訟委任して本訴を提起した。
第二 当裁判所の判断
一 不法行為の成立について
前第一認定の事実を総合すると、被告Aらは、原告に対し、被告会社の営業時間内に、被告会社の営業所内において、継続的に、原告を「おばん、ばばあ、くそばば。」などと侮蔑的な呼称で呼び、原告の性器付近、胸、尻等を原告の意に反して何回も触り、性的に露骨な表現を用いてからかい、原告に暴行を働くなどしたもので、これらの被告Aらの各行為は、原告の人格権を侵害する不法行為を構成することは明らかである。
二 原告、被告Aら各本人の供述、陳述書の信用性について
原告本人の本人尋問における供述並びに原告作成の陳述書(甲第二一、第三三号証)はいずれも被告Aらの不法行為について、その日時、場所、被告Aらの各行為の態様が具体的に供述されており、その信用性は高い。
他方、被告Aらは、各本人尋問における供述並びに被告D、同A、同B作成の各陳述書(乙第一四ないし第一六号証)において、前第一認定の被告Aらの各不法行為の大部分について、否認する供述をし、或いは記憶がない旨供述しているが、その供述は一部にはことさら虚偽を述べていると伺えるものも存するが、その多くは被告Aらが原告が被害として強く感じた程加害行為についての自覚がなかったため、記憶がなくなったり、曖昧となったりしたものと推認され、原告本人の供述、原告作成の陳述書に照らし被告Aらの右供述部分は採用できない。
三 原告の退職に至る経緯について
被告らは、原告が被告会社を退職したのは被告Dの暴行が原因で、調停申立書にも被告Dの暴行以外の不法行為の主張はない旨主張するが、前第一認定の事実経過によれば、被告Dの暴行は、その態様や被告Dが「お前みたいに、落ちぶれてないわ。」と怒鳴っていること、従前の被告Dの原告に対する言動などを考慮すると、それ以前の被告Aらの連続した不法行為の一環としてなされたものと認めるのが相当である。
また、原告は、被告Dを相手方とする調停申立書(甲第一三号証の一)には、被告Dの暴行の事実のみを主張しているが、平成六年一月二四日、同月二八日付の各簡易裁判所宛の上申書(甲第一三号証の五、六)において、早くも「おばん、ばばあ、くそばば。」等の原告の呼称の問題や尻、下腹部を触られたりした行為の存在を主張しているのであって、原告が羞恥心等から被告Dの暴行以外の本件不法行為の事実を調停申立書に記載しなかったことを重視することはできない。
原告が被告会社を退職した理由は、被告Dの暴行の直後ではあるものの、原告にとって被告会社の労働時間等が子供の学校の関係で好都合であったこと、原告の勤務内容が一定の熟練に基づく作業内容であったこと等に鑑みると、原告の退職は被告Dの暴行のみが理由であったと認めることはできないのであって、被告Dの暴行は退職の直接の契機に過ぎず、前記被告Aらの連続した不法行為が主たる理由であったと認めるのが相当である。
四 原告の呼称について
被告らは、原告は山善青果株式会社、丸連青果株式会社に勤務していた頃から「おばん」と呼ばれており、原告もその呼称を是認していた旨主張する。
しかしながら、原告は、「おばん」という呼称に対しても抗議をしており、原告が右呼称を是認していたと認めることはできないし、原告の年齢、被告会社内における立場等に鑑みれば、原告が抗議している以上、「おばん」という呼称は侮蔑的な呼称であると言わざるを得ないのであって、「ばばあ、くそばば。」という呼び方に至っては原告を卑しめる呼称以外の何ものでもない。
五 原告の態度について
被告らは、被告Aらの行為について、原告が冗談を言ってきたとか、嫌悪感を持っていなかったとか、抗議や苦情がなかったとか主張しているが、原告が被告Aらの行為に対して抗議をしたことがあったことは前認定のとおりであるし、被告会社の職場環境、被告らの地位、従業員の構成、原告の年齢などに鑑みれば、被告らの行為について原告が全部抗議をしたり嫌悪感を明示しなかったとしてもやむを得ないところであって、原告が被告Dの帽子の前頂部を触ったこと以外は、原告が被告Aらの不法行為を誘発したと認めることはできない。
六 共同不法行為について
被告Aらの前記不法行為は、その一つ一つは、それぞれ被告Aら各個人が原告に対して個別的に行ったものであるが、前述のとおり、本件は、被告会社の営業時間内に、被告会社の営業所内において、継続的、集団的に行われたものであること、被告Aら各被告の不法行為の態様が類似していること、その行為の一部については被告Aらにおいて他の被告ら個人の不法行為の存在を認識しながらなされたと推認されること等を考慮すると、被告Dの暴行を含めて、被告Aらの不法行為は客観的に関連共同しているものと認められるから、被告Aらの共同不法行為と認めるのが相当である。
七 被告会社の責任について
被告Aらは、被告会社の被用者であり、また、被告Aらの前記不法行為は被告会社の営業時間内に、被告会社の営業所内で行われたものであるから、被告Aらの職務と密接な関連性があり、被告会社の事業の執行につき行われたものと認めることができる。
そうすると、被告会社は、民法七一五条に基づき被告Aらの使用者として不法行為責任を負う。
八 原告の損害について
1 (慰謝料)
前第一認定の本件不法行為の態様、特に、被告Aらの不法行為が長期間にわたる継続的、集団的なものであったこと、その結果原告が被告会社を退職せざるを得なかったこと等本件記録上現われた諸事情に鑑みると、原告の精神的苦痛は相当なものであったと認められ、原告の右苦痛を慰謝するには金一〇〇万円をもって相当と認める。
2 (弁護士費用)
本件訴訟の内容、難易度、認容額等を考慮すると、本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は金一〇万円をもって相当と認める。
第三 結論
よって、原告の本訴請求は、被告らに対し各自、損害賠償金一一〇万円及びこれに対する被告らに対する訴状送達の最も遅い日の翌日である平成六年一〇月一二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条、六五条を仮執行の宣言につき同法二五九条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官仲戸川隆人)